元従軍慰安婦・金学順の証言がチグハグなのは不自然なことではない

「元慰安婦の証言はチグハグで信用できないってよく聞くけど、いったいどういうことなの?」
──この記事はこのような悩みを解決します。
この記事を書いた私は……
●人気ブログランキングとにほんブログ村のオカルトランキング最高1位
●同じくにほんブログ村の医療ランキング最高4位
●ライブドアブログの歴史ランキング最高2位
●エキサイトブログの南京大虐殺タグ・人気記事ランキング1位
●グーグル検索結果3位以上の記事100本以上
……という者です。
ちなみにこの記事で以下のようなことがわかります。
●元慰安婦の証言がチグハグなのは普通のこと
これをわかりやすく説明します。
この記事によって1つ上のレベルの知識人になり、周囲に差をつけることができるようになれると思うので、ぜひ最後まで読んでください!
【元慰安婦の証言vs元日本兵の証言】
漫画家の小林よしのりさんは『新ゴーマニズム宣言3』の「特別篇 ゴー宣版 従軍慰安婦資料集」の中で次のようなことを言っています。
元慰安婦の証言
最初の時、逃げようとした女性が捕まり地下室に連れていかれました。
私たち全員も地下室に並ばされました。
その女性は全裸で逆さづりにされ、軍人が彼女を叩き、乳房をえぐり取り、刀で腹を割き内臓を取り出し、それを私たちに投げつけ「お前たちも逃げようとしたらこんな目にあう」と言ったのです。
私は驚き恐くなってトイレの窓から逃げようとしましたが、追われ、足を引っ張られ、上着を脱がされ、逆さづりにされてしまいました。
気絶すると水をかけられ、熱い鉄のコテを背中にあてられ、銃の先で突き刺されました。
それらの傷跡が今も残っています。
私は3階の小さな部屋に閉じこめられ、1日に5人~10人の軍人の相手をさせられました。
部屋から出られるのはトイレの時だけ、他の女性と会えるのもトイレで偶然の時だけでした。
食事はたいていが握り飯で、1日3回、ほとんど死なない程度の量でした。
「お母さん」と呼ばれる30代の日本女性が世話をしていました。
性病検査はまったくありませんでした。
────────────────────────────────
これがホントならたしかに性奴隷だ。
では元兵士のじっちゃんの証言はどうだろう。
────────────────────────────────
元兵士の証言
当時、出征兵士の多くは慰安婦のお世話になりましたが、慰安所に行けるのは1年に2回ほどだったと記憶しております。
当時私は直接話を聞いた22歳の慰安婦の場合ですと、以前は見習い看護婦をしていたが、親が金を必要としているので看護婦になる予定を変え、3年間ここで働くということでした。
その後は故郷には帰らない、働いた金で好きなように暮らす、とのことでした。
当時の朝鮮は日本の東北地方と同様で、年季奉公のような形で吉原のような所へ給料前借りで娘を働かせることは親たちは格段悪いことと思わず、かわいそうだね、くらいの感じでした。
また朝鮮にも、料亭にキーセン(日本でいう芸者)とカルボ(芸はできず売春専門)がおり、キーセンたちも(一流の者は別として)金を出せばころびました。
────────────────────────────────
どっちの証言を信用するかは読む人にまかせるが、元・慰安婦の証言ばかり神聖なものとするのやめてくれんか?
「小林さんは被害者に実際会ったことありますか?」
「あなたもハルモニの声を直接聞くべきですよ」
…というやつもいるが、わしにはどーも解せん。
どーせ通訳つけなきゃ何言ってるかわからん証言を、なんで直接聞かなきゃなんないの?
そりゃ直接会えば「かわいそうだ」と思うかもしれんが…個人的に「かわいそうだ」と思うことと事実関係の検証は本来別のことだ。
今は事実関係が問われているんだ。
日本語訳で出てる証言読みゃ充分じゃないか。
その中でも「最も重要な証言」ってもんがある。
それは…裁判の訴状だ!!
裁判で勝つためには1番信用性の高い証言を用意する。当然ですね。
ではここで慰安婦訴訟 第1号・金学順さんの訴状の証言を見てみよう!
『諸君!』96年12月号、秦郁彦氏の論文から抜粋する。
────────────────────────────────
1923年生まれ。生後間もなく父は死亡。
貧困のため小学校を4年で中退。
養女になり14歳から3年間キーセン学校へ。
1939年「金もうけができる」と養父に説得され中国へ。
北京を経て鉄壁鎮という小集落で養父と別れて慰安所に入れられ、日本軍兵士のために性サービスを強要された。
────────────────────────────────
ふむふむ。じゃ韓国で市民団体にした証言も見ようか。
────────────────────────────────
1924年生まれ。母に40円でキーセンに売られる。
1941年「金もうけができる」と養父に説得され中国へ。
北京の食堂で日本将校にスパイと疑われ、養父と別々にトラックに乗せられ、慰安所へ。処女を奪われた。
────────────────────────────────
あり?ずいぶん違うが…。
じゃ91年に来日した時の証言は…?
────────────────────────────────
1924年生まれ。父は独立運動家で日本軍に射殺される。
母の再婚を嫌い家出。キーセン学校に3年通う。
「金もうけができる」と養父にいわれ中国へ。
中国語ができるので中共軍の密偵役もやったところ、スパイ容疑で捕えられ、慰安所へ。
────────────────────────────────
……。
ぜんぶちがうぞぜんぶ!!
確実にどれかはウソじゃないか!!
やっぱり証言はどうにでも作れるのだ。
あっちに慰安婦の証言…こっちに元兵士の証言…
これでお互い相殺だ。
【勘違いのストーリーを事実と思い込んだ大学生】
小林さんのこの反論は浅い。
金学順(キム・ハクスン)さんの証言はたしかにチグハグですが、嘘を言っているわけではないと思います。
おそらく友人の慰安婦の体験と自分の体験を混同してしまい、自分が体験したことだと思い込んでしまっているだけだと思われます。
「そんなことってあるの?」という声が聞こえてきそうですが、充分ありえます。
たとえば私がアメーバブログをやっていた頃、私の読者の20歳くらいの大学生の青年が次のような記事を書いたことがありました。
フジテレビの人気番組『トリビアの泉』で、「電話を最初に発明したのはベルではない」というトリビアが出たことがある。
それに対してタモリは10点を出したのだが、感激屋のビビる大木は珍しく低い得点だった。
これを読んだ私は「……へ?」と唖然となってしまいました。
なぜなら、事実とまったく違うからです。
実はビビる大木さんはこのとき、10点満点を出していたんです。
共演者のベッキーさんや糸井重里さんが10点ではないことに驚いたビビる大木さんは席から立ち上がって「え!?10点じゃない人いるんですか!?」と驚倒の声をあげたのを覚えています。
【キム・ハクスンさんのチグハグ証言は不自然なことではない】
つまり、この大学生の青年は勘違いのストーリーを《事実》だと強烈に思い込んでしまったというわけなんです。
20歳の大学生でさえこれなのです。
高齢者で、まともな教育を受けることもできず、あまつさえ性被害による記憶の断片化にも苛まれていたであろうキム・ハクスンさんが、ほかの慰安婦の体験を自分の体験と思い込んで語ってしまっても、けっして不自然なことではないと思います。
ちなみに冒頭に引用した元慰安婦の証言ですが、大森典子弁護士が取材した中国の元慰安婦の証言とほぼ一致します。
その次に引用した元日本兵の証言なんですが、嘘ではないと思います。
まあ、「そんな日本兵、そんな慰安婦もいた」というだけの話だと思います。
最後までお読みいただきありがとうございます。感想をいただければ励みになります。
以下の目次に記事をまとめたので、興味がある方は併せて読んでみてください。
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。