メシアの「知」の冒険(ムラゴンブログ編)

「超常現象や陰謀論の真相を暴いた」と称する懐疑論者と呼ばれる人たちがいますが、彼らは世紀のペテン師軍団なのです。このブログは彼らにほえ面をかかせ、総土下座に追い込むことが目的です。

【朝鮮出兵の真実】秀吉はスペインの世界征服を止めようとしていた

メシア@永遠の真実追及者

 

 

 「秀吉はなんで朝鮮出兵なんかしたの?」



 「いろんな意見があるようだけど、本当のところが知りたい……」



 ──この記事はこのような悩みを解決します。







 この記事を書いた私は……



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 ……という者です。



 ちなみにこの記事で以下のようなことがわかります。





 ●秀吉が朝鮮出兵を起こした真の理由





 これをわかりやすく説明します。



 この記事によって1つ上のレベルの知識人になり、周囲に差をつけることができるようになれると思うので、ぜひ最後まで読んでください!







【ボロクソに言われる秀吉の朝鮮出兵】

 150万部の大ベストセラー、後藤武士さんの『読むだけでスッキリわかる日本史』に次のような記述があります。


 秀吉の朝鮮出兵は朝鮮の人々を苦しめただけでなく、多くの大名にも負担と不満を抱かせた。豊臣政権が短命で終わった原因にもなった。


 また、上智大学の渡部昇一名誉教授は『決定版・日本史』の中で「秀吉の朝鮮出兵は日本にとってなんの実りもなかった」とバッサリ……。



 そもそも日本史本の王様である『山川日本史』が「秀吉は朝鮮に侵略戦争を仕掛けた。いいところまでいったけど負けた。チャンチャン」で終わらせているので、たいていの日本人がそこで思考が止まってしまうんだと思われます。







【朝鮮出兵のよくある説】

 天下統一を果たした秀吉は1592~1598年の間に2度にわたって、それぞれ15万人以上の大軍を引き連れて朝鮮と国際戦争をおこないました。



 では、なぜ秀吉はそんなことをしたのか?よく言われるのは次の4つ。





 ●シンプルにほかの国もほしくなったから



 ●信長の中国征服構想を真似たから



 ●仕事にあぶれた武士の失業対策のため



 ●家来の大名たちに与える土地がなくなったので、隣の中国大陸に目をつけたから





 ちなみに最後の説は……





 「予は多くの国替えや領地替えを行なうであろう。このたびの企てに加わった者には、朝鮮やシナで国土を賞与するであろう」





 ……というフロイス『日本史』の中の記述が根拠になっているようです。



 日本の圧倒的多数の歴史家が、前述のいずれかの説をとって持論を展開しているんですが、勘違いもはなはだしいと言わざるをえません。



 秀吉が朝鮮に出兵したのは、そんな単純なつまらない理由ではないのです。







【世界征服を目論むスペイン】

 ところで、《スペイン》と聞いてなにを連想するでしょうか?



 サッカーが強くて、サグラダファミリアがあって、一生に1度は行ってみたいヨーロッパのオシャレな国の1つ──という感じではないでしょうか?





 しかし──





 今から500年ほど前、スペインは世界最強の大帝国として君臨しており、世界中から恐れられていたんです。



 また、表の歴史では一切語られないんですが、スペインはイエズス会の宣教師を世界各地に送り込み、征服の足掛かりを作っていたんです。



 それは日本に対しても同じであり、教科書に出てくるフランシスコ・ザビエルやルイス・フロイスもキリスト教を広めにやってきたわけではなく、日本征服の足掛かりとして送り込まれた人たちだったんです。



 スペインは同時に中国も狙っており、1583年にディエゴ・ロンキーニョという宣教師はスペイン国王に次のような書簡を送っています。


 中国の為政者が宣教を妨害しているので、征服行動を起こすことは正当です。迅速に遠征隊を派遣してください。 



 8000人のスペイン兵と10隻のガレオン船で簡単に征服できます。


 同じく1583年、マニラ司教のドミンゴ・デ・サラサ―ルはスペイン国王に……





 「わずかな鉄砲隊で何百万人もの野蛮人を殺すことができるので、迅速に軍勢を派遣してください」





 ……と要請しています。



 また、1584年、アロンソ・サンチェスという宣教師がイエズス会日本準管区長ガスパール・コエリョに……





 「中国人を改宗させることは不可能なので、メキシコやペルーと同じように征服すべきだ」





 ……という書簡を送っています。



 また1582年、アルメイダという宣教師がフィリピン総督に次のような書簡を送っています。


 広東を占領するだけなら200人の兵隊で充分だが、中国全土を征服するためには、まずは布教に取り組み、そのうえで1万の軍勢を送り込めばよい。







【スペインへの威嚇】

 スペインに中国を征服されたら、日本は非常に苦しい状況に陥ってしまう……。



 ここまで言えば秀吉の朝鮮出兵の目的がわかったと思います。



 スペインに征服される前に、自分たちが中国を征服してスペインを威嚇する──それこそが秀吉の朝鮮出兵の目的だったんです。





 「スペインよ、アジアには無敵の秀吉ジャパンがいるのじゃ。かかってこいこの野郎!」という感じで。





 その証拠に秀吉は朝鮮出兵後、スペインのフィリピン総督とインド・ゴアのポルトガル副王に、中国征服の野望を知らせる書簡を送っているんです。



 さらにとある書簡には……





 「カステリアの王(スペイン国王)、予が言を軽視すべからず」





 ……とはっきり書いているほどなんです。



 また、東北大学の平川新名誉教授の調べによると、秀吉は朝鮮出兵のかなり前から中国、東南アジア、インドの征服を構想していたそうです。



 これで秀吉の朝鮮出兵が朝鮮の侵略目的ではなく、世界征服を目論むスペインへの威嚇だったことがわかると思います。







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 以下の目次に記事をまとめたので、興味がある方は併せて読んでみてください。