【フリーメーソンvsロシア】幕末の日本を舞台にした闇の戦い

あまり知られていないのですが、幕末の日本の背後にはフリーメーソンとロシアによる闇の戦いがあったんです。
真の世界史を知りたい方だけ、この記事をお読みになってください……。
この記事を書いた私は……
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……という者です。
ちなみにこの記事で以下のようなことがわかります。
●幕末の日本をフリーメーソンとロシアが奪い合っていた
これをわかりやすく説明します。
この記事によって1つ上のレベルの知識人になり、周囲に差をつけることができるようになれると思うので、ぜひ最後まで読んでください!
【欧米との条約を次々と結ぶ日本】
ペリーの黒船来航後、日本はアメリカと条約を結んだのですが、立て続けにイギリス、ロシア、オランダとも条約を結ぶことになりました。
●アメリカ
●イギリス
●ロシア
●オランダ
このうち日本の侵略を目論んでいなかったのは、ロシアただ1国だけでした……。
【クリミア戦争】
イギリスを本拠地にして世界征服を目論む秘密結社フリーメーソン。
そのフリーメーソンにとっては邪魔な存在だったのが、ユーラシアの超大国ロシアでした。
フリーメーソンとロシアがついに激突したのが、1850年代に起きたクリミア戦争です。あのナイチンゲールが病床兵を看護した戦いとしても知られています。
フリーメーソンはイギリス、フランス、トルコを背後で操り、7万人以上の死者を出しながらもロシアを敗ることに成功します。
クリミア戦争に敗れたロシアは、極東の日本に進出します。
米ウィリアムズ大学で日露関係史を研究するビクター・シュマギンは言います。
イギリスとロシアの覇権争いは、クリミア半島からアジアへとシフトしました。
その戦いの舞台となったのが幕末日本です。
両国は日本の国境付近で、激烈な攻防を繰り広げたのです。
【対馬事件】
まずロシアは長崎の対馬に海軍を向かわせます。
大混乱に陥る対馬。いわゆる対馬事件です。
ロシア皇帝アレクサンドル2世と、その弟で海軍元帥だったコンスタンチン・ニコラエヴィチは……
「対馬をおさえればイギリスとの争いで優位に立てる」
……と考えていたことが機密文書で明らかになっています。
しかし、イギリスもだまっているわけがなく、駐日公使ラザフォード・オールコックを対馬に向かわせ……
「イギリスの軍艦を対馬に差し向け、その圧力でロシア海軍を退去させることに協力する」
……と提案させます。
そして徳川幕府はこの提案を受け入れることにしました。
ところで、米シカゴ大学教授でアメリカ歴史学会会長のケネス・ポメランツの言葉にこういうものがあります。
幕末日本は悪夢に襲われたような状況でした。
覇権争いを続けるイギリスとロシア、どちらの陣営につくのか。
日本は、望むと望むまいと重大な決断を下さざるをえなくなったのです。
どうやらポメランツ教授は、イギリスの背後に世界征服を目論むフリーメーソンが存在し、ロシアがフリーメーソンの世界征服に待ったをかける戦いをおこなっていたことを知らないようです。
当時の日本人もそんなことは知るよしもなく、ロシア海軍の対応に当たった小栗忠順も頭を悩ませたそうです。
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