メシアの「知」の冒険(ムラゴンブログ編)

「超常現象や陰謀論の真相を暴いた」と称する懐疑論者と呼ばれる人たちがいますが、彼らは世紀のペテン師軍団なのです。このブログは彼らにほえ面をかかせ、総土下座に追い込むことが目的です。

【竹内文書論争】超古代にヨハネスブルクなどの現代の地名がある理由(後編)

メシア@永遠の真実追及者

 

 竹内文書否定派の常套句に「なんで超古代に現代の地名があるんだ?」というものがあります。
 

 

 しかし、これは浅薄かつ稚拙な意見なんです。
 

 

 竹内文書否定派は顔面蒼白必至の内容なので、ここから先は読まないことをオススメします……。






 この記事を書いた私は……


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 ……という者です。 


 ちなみにこの記事で以下のようなことがわかります。




 ●竹内文書に出てくる超古代の地名は現代の地名というわけではない




 これをわかりやすく説明します。


 この記事を読むことで1つ上のレベルの知識人になり、周囲に差をつけることができるようになれると思うので、ぜひ最後まで読んでください!







【世界中のほとんどの地名の語源に決定打はない】

 では、なぜ数万年前、数億年前の超古代に現代の地名が存在するのか?


 高坂和導さんによると超古代の地名は《統治者の名前》が由来であり、地名がつくにいたったもっともらしい故事来歴は嘘だそうです。


 「そんなまさか……」と思われたかもしれません。私もこれだけでは説得力がいまいちだと思います。


 そこで私は世界中の地名の語源を調べてみたんです。


 するとおもしろい事実が発覚したんです。


 まずはオーストラリアのキャンベラの語源。代表的なものは




 ●先住民族のングンナクル語のKambera(人々が集う場所)という意味。


 ●「女の胸の谷間」を意味するnganbraが英語化されたもの。




 この2つなのだそうですが、ほかにもいろいろ諸説があって定まっていないそうです。


 次にブータンの語源。代表的なものは




 ●サンスクリット語で《チベットの手足》を意味するボータンガ。


 ●《チベットの辺境》を意味するボーターンタ




 この2つなのだそうですが、ほかにもいろいろ諸説があって定まっていないそうです。


 次にブカレストの語源。代表的なものは




 ●ルーマニア語で《幸せ》や《牧草地》を指す可能性があるとされているBacuresti。


 ●ある牧羊者の名前が由来という伝説。




 この2つなのだそうですが、ほかにもいろいろ諸説があって定まっていないそうです。 


 次にギニアの語源。代表的なものは




 ●北アフリカのベルベル語で《黒人たちの土地》を意味するアギナウ。


 ●ポルトガル語のGuine。




 この2つなのだそうですが、ほかにもいろいろ諸説があって定まっていないそうです。


 次にキリマンジャロの語源。


 一般的にはスワヒリ語で山を指すキリマと、白さを指すジャロを足したとされています。


 しかし、正確な語源ははっきりしておらず、学者の間でも意見が分かれているそうです。


 地名の語源というのはどれをとってもこのような感じであり、真の答えはミステリーに包まれているというのが実情なんです。


 これで竹内文書の




 「地名の由来は超古代人の名前からきている」




 という説にも多少なりの信憑性を感じることができるんではないでしょうか?







【誰も知らないような地名が出てくる謎】

 また竹内文書には




 ●インダウ(インダス)


 ●オオストラリ(オーストラリア)


 ●パノイ(ハノイ)


 ●エジフト(エジプト)


 ●クンルン山脈(コンロン山脈)




 といった有名な国名・地名が多く出てくるんですが、一方で……




 ●へジャス(ヒジャーズ)


 ●エルゴン山(エルゴン山)


 ●ヌヤサ(ニアサ湖)


 ●セナ(セーナ)


 ●ザンベジ川(ザンベジ川)


 ●ネネアホマ(ネネアホマ)


 ●パルマス岬(パルマス岬)


 ●コナクリ(コナクリ)


 ●ワガドーグー(ワガドゥグ)




 ……なんて地名も大量に出てきます。


 今挙げたものはアフリカの地名なんですが、私はすべて竹内文書で初めて知ったものです。


 竹内文書が創作されたまったくのフィクションだとしたら、なぜ創作者はアフリカの誰も知らないような地名を大量に書き込んだのでしょうか?これは明らかに不自然だと思います。







【竹内文書に出てくる《イサワ浜》の謎】

 最後にアフリカ地名関連で、非常に興味深いエピソードを紹介したいと思います。


 歴史の壮大なロマンの前に、きっと誰もがうちのめされることでしょう……。


 高坂和導さんの奥さんである三和導代さんは竹内文書に出てくる




 「天皇天浮船に乗り、天夫利(あふり)イサワ浜よりゴンダルに天降り……」




 という記述の中の《イサワ浜》というものがずっと気になっていたそうです。


 まず、アフリカ・エチオピアの首都アディス・アベバより北西に位置するタナ湖の北部にゴンダルという都市があるそうです。


 しかし、ゴンダルは見つかっても、イサワ浜は地図には載っていない。そもそもエチオピアには海がない……。


 そこで三和さんは隣の紅海に面するエリトリアに注目。エリトリアは1991年に独立するまでエチオピア領だったんです。


 そしてエリトリアにMitsiwa(ミサワ)という港町があることを発見。最初の子音が落ちてミサワがイサワになったんです。


 三和さんは言います。


 「竹内文書は偽書である。でっち上げた本だ。現在の地名が昔からあるわけがない。滑稽すぎる……」という批判をよく耳にします。



 しかし竹内家の神主が、エチオピアの地名をわざわざ書き加えることがあるでしょうか。



 ましてゴンダルやイサワ(ミサワ)という地名を知っていたなんて、ありえるでしょうか。



 アフリカ旅行のプロの私でさえ、イサワ浜に関してはずっと判明できなかったほどの地名です。(中略)



 竹内文書は代々竹内家の神主が書き写してきたものです。もちろん細かな書き写しなど、間違いはあるでしょう。



 しかし全体すべてが後代の創作・捏造とは、とうてい思えるものではありません。



 なぜ歴史を学ぶべきなのか、高坂和導はよくこう言っておりました。



 「真の世界平和を実現するには過去の本当の歴史を学ばないといけない」と。







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 以下の目次に記事をまとめたので、興味がある方は併せて読んでみてください。