【竹内文書論争】超古代にヨハネスブルクなどの現代の地名がある理由(前編)

竹内文書否定派の常套句に「なんで超古代に現代の地名があるんだ?」というものがあります。
しかし、これは浅薄かつ稚拙な意見なんです。
竹内文書否定派は顔面蒼白必至の内容なので、ここから先は読まないことをオススメします……。
この記事を書いた私は……
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……という者です。
ちなみにこの記事で以下のようなことがわかります。
●竹内文書に出てくる超古代の地名は現代の地名というわけではない
これをわかりやすく説明します。
この記事を読むことで1つ上のレベルの知識人になり、周囲に差をつけることができるようになれると思うので、ぜひ最後まで読んでください!
【「竹内文書には数万年前には存在しなかったはずの地名が登場する」という主張】
『日本の精神』というサイトが次のようなことを言っています。
竹内文書が後世の創作であるとされる、もう一つの非常に具体的な根拠が「地名の時代錯誤(アクロニズム)」です。
文書の中には、数万年前や数億年前の話であるにもかかわらず、その時代には存在しなかったはずの地名が数多く登場します。
これは、執筆者が自分の知っている現代の地理知識を、うっかり古代の物語に混ぜ込んでしまった結果だと考えられています。
例えば、竹内文書には「アメリカ」や「ヨハネスブルグ」といった、近代になってから名付けられた地名が、超古代の天皇の巡幸先として記されています。
アメリカという名称は、15世紀の冒険家アメリゴ・ヴェスプッチの名前に由来するものであり、数万年前の日本人がその名前を知っているはずがありません。
また、「越中(えっちゅう)」や「能登(のと)」といった日本の旧国名も登場しますが、これらは律令制が整った飛鳥時代以降に成立した地名です。
歴史的な矛盾点:古代の文書とされるものに、後世の地名が含まれている場合、それは「後世の人間が書いた」ことを示す決定的な証拠となります。
もし本当に古代から伝わったのであれば、その当時の呼び名が記されているべきですが、竹内文書に見られるのは明治時代の日本人が学校で習うような世界地理の知識なのです。
具体的には、世界地図を広げながら「ここにも天皇が行ったことにしよう」と物語を膨らませていった痕跡が、地名の記述から透けて見えます。
歴史学者は、こうした矛盾を一つひとつ指摘し、竹内文書が古代の記録ではないことを証明してきました。
地名は歴史の積み重ねによって決まるものであり、その法則を無視して古代に現代の地名を配置することは、タイムトラベルでもしない限り不可能です。
このように、地名の一つひとつを精査するだけでも、竹内文書の「偽物」としての側面が浮き彫りになります。
しかし、興味深いのは、信奉者たちが「それらの地名は実は日本が名付け親であり、世界がそれを真似たのだ」という、さらに壮大な逆説を唱えることで、この矛盾を正当化しようとすることです。
論理を積み上げる歴史学と、信念を貫く信仰。地名を巡る論争は、この両者の埋まらない溝を象徴しているかのようです。
【なぜかミヨイとタミアラに触れない『日本の精神』】
本題に入る前に、初歩的な間違いを指摘させていただきます。『日本の精神』は
もし本当に古代から伝わったのであれば、その当時の呼び名が記されているべきですが、竹内文書に見られるのは明治時代の日本人が学校で習うような世界地理の知識なのです。
などと言っていますが、これは信じがたい勉強不足。
竹内文書をかじった人間なら、誰もが沈没した謎の大陸である《ミヨイ》と《タミアラ》の名前を知っているはずです。
言うまでもなく、現代にミヨイ、タミアラなんて地名は存在しません。
よって『日本の精神』の主張は的が外れているということです。
【竹内文書に《アメリカ》という地名は出てこない】
また、竹内文書にはボストンやカスケムコ(カスケード)という地名は出てきますが、《アメリカ》という地名は出てこないと思います。
『日本の精神』はなにか勘違いをしていると思います。
【カモフラージュ説】
では、本題に入ります。
飛鳥昭雄さんはこれについてカモフラージュ説を唱えています。
竹内巨麿は竹内文書を公開する際、あえて意図的にバカバカしい要素を盛り込んだというのです。
理由は竹内文書をアカデミズムの攻撃から守るため。
つまり……
「超古代世界に現代の地名がある?そんなバカバカしい内容なら徹底的に弾圧する必要も、歴史から完全に抹消する必要もないだろう……」
……という空気に持ち込もうと画策したというわけなんです。
しかし、私はこれは考えすぎだと思います。
たとえば九鬼文書や宮下文書など、ほかの古史古伝にそのようなカモフラージュが施されたという話は聞きませんが、歴史から抹消されることなく現在までちゃんと残っています。
(後編に続く)
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以下の目次に記事をまとめたので、興味がある方は併せて読んでみてください。
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