フリーメーソンのペリー提督による日本への開国の圧力

半藤一利さんと出口治明さんは、マシュー・ペリーが日本に来た目的は《シーパワーの獲得のため》と言っています。
しかし、これは的の外れた意見なんです。
半藤さんと出口さんの信者の方は赤面必至の内容なので、ここから先は読まないことをオススメします……。
この記事を書いた私は……
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……という者です。
ちなみにこの記事で以下のようなことがわかります。
●ペリーの黒船来航の真の目的
これをわかりやすく説明します。
この記事によって1つ上のレベルの知識人になり、周囲に差をつけることができるようになれると思うので、ぜひ最後まで読んでください!
【フランス革命から明治維新まで】
ロスチャイルド陰謀論に詳しい鈴木啓功さんの『日本人だけが知らないこの国の重大な真実』から引用します。
■1789年=フランス革命が勃発した
■1793年=国王ルイ16世と王妃マリー・アントワネットの首が斬られる
■1815年=ウィーン会議の最終議決書が調印される
■1840年=英国と清国(中国)との間に「アヘン戦争」が勃発する(~1842年)
■1845年=英国とインドの間に「シーク戦争」が勃発する(~1849年)
■1853年=日本列島(浦賀)に「ペリーの黒船」が来航する
■1861年=米国で「南北戦争」が勃発する(~1865年)
■1868年=明治維新(明治天皇が京都から東京へと奠都して即位する)
日本国の「幕末・明治維新」を考えるのに、なぜ「フランス革命」から歴史を見る必要があるのか。
それはフランス革命とそれ以降の歴史を操った勢力は「ひとつ」だからだ。
読者にはそのことの意味がわかるだろうか。
日本国に焦点を当てて言うならば「幕末・明治維新の背後勢力」と「フランス革命の背後勢力」は「同一」なのだ。
その勢力の正体が「欧州ロスチャイルド家」であることは、もはや言うまでもないだろう。
【半藤一利と出口治明のマヌケな会話】
前の記事でフランス革命がフリーメーソンの陰謀で起きたことを説明しましたが、フリーメーソンはアヘン戦争で中国を、シーク戦争でインドをも支配下におさめました。
そのフリーメーソンが次に狙いを定めたのが日本だったというわけです。
ところで半藤一利さんと出口治明さんは『明治維新とは何だったのか』という対談本の中で次のような会話をかわしています。
出口 半藤先生は、マシュー・ペリーがなぜ艦隊を率いて日本に来たとお考えですか。
半藤 いきなり一言で答えるわけにはいかない難しい話ですね(笑)。
あのときのペリーの東インド艦隊は、まず沖縄に行きました。
さらに小笠原に行ってから、浦賀沖に来たんですね。
何をしに来たかというと、これについてはアメリカ合衆国のフィルモア大統領からペリーへの命令書があります。
ちょっとそれを読み上げてみましょう。
「我が政府はこの遠征によって我が国のためならず排他的な商業上の利益を獲得しようと求めるものではない。
この遠征によって我が国が収得すべき利益は、やがて文明社会全般が享受すべきものである。
艦隊司令長官は全兵力を率いて日本に赴き、もっとも適当と思える地に寄港し、大統領から託された親書を伝えるよう命令する」
この命令書をそのまま信じれば、アメリカは先にアジア諸国を植民地化していた西洋列強のあいだに割り込んで日本を植民地化しようとしたのではなく、全世界のためになるような交易を始めようとした。そう受け取れるんですね。
出口 素直に読めば、そうですよね。
半藤 はい。しかし当時、アメリカは太平洋の通商で1歩も2歩も遅れを取っていました。
すでにイギリス、フランス、オランダなどが航路を開拓していたので、アメリカに残っていたのは日本ぐらいしかなかったんですね。
そこで日本を、蒸気船の燃料である石炭の補給地にしたかった。
それが日本に来た理由のひとつですね。
また、当時は捕鯨が盛んでしたから、捕鯨船の寄港地も必要でした。
燃料や食糧の補給に加えて、怪我や病気をした乗組員を保護する場所が必要だったんです。それが2つ目の理由。
もうひとつは、アジア市場争奪戦にアメリカも乗り出すにあたって、シーパワーを身につけるために、日本列島に基地を置きたかった。
私が調べた範囲では、以上の3つがペリーを日本に送り込んだ理由です。
しかし、いちばんの目的は3番目のシーパワーの獲得です。
大統領の命令書を少し裏返すと、そういうふうに読めるんじゃないかと思います。
それで、もし日本の開港が不成功に終わった場合は、琉球列島を征服してアメリカの領土にするつもりだったようですね。
さらに、あわよくば小笠原も領土にしようと考えていたフシがある。
なぜそう思えるかというと、日本の浦賀奉行との交渉の席で、ペリーの口から「小笠原諸島は空き家だ」という言葉が出ているんです。
出口 つまり、いまはまだ誰のものでもない、と。自分たちが占領すれば、自分たちのものになる、と。
半藤さんも出口さんもなにマヌケなことを言っているんでしょうか?
彼らは知らないのか、矮小化しているだけなのかよくわかりませんが、ペリーというのは1819年、ニューヨークのホーランドロッジNo.8でフリーメーソンに入会している人なんです。
つまりペリーとはフリーメーソンのエージェントであり、彼が日本に来た理由は半藤さんが挙げたようなものではなく、もっとシンプルに《日本の侵略》だったんです。
【日本の開国を求めるイギリス】
しかし、アメリカは南北戦争などの影響からか、その後、日本の幕末維新にはほとんど関わらなくなっていきました。
その代わりなのか、ペリーの1年後にイギリス東インド艦隊司令長官のスターリングが、日本に開国を求めてやってきました。
スターリングがフリーメーソンだったかどうかはわかりませんが、イギリスはフリーメーソンの本拠地であり、アメリカのフリーメーソンであるペリーと目的はまったく同じだったはずです。
その証拠にスターリングはイギリス本国に次のような報告をしているんです。
去年の夏、日本の港を利用した際、我々の艦隊への物資補給や食料支援など資源供給は申し分なかった。
日本は、アジアにおけるイギリスの植民地同様に有益な国である。
戦時にはロシアや、アメリカ、さらにはほかの海軍力の弱い国々に対して、優位な立場を取ることができる。
ついに《ロシア》という国名が出てきました。
ほかの記事でちらりと書きましたが、幕末維新の背後にはフリーメーソンとロシアによる世界覇権をめぐった戦いがあり、坂本龍馬がどうだの、西郷隆盛がどうだの、新選組がどうだの、そんなものはただのおまけにすぎないんです……。
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以下の目次に記事をまとめたので、興味がある方は併せて読んでみてください。
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