メシアの「知」の冒険(ムラゴンブログ編)

「超常現象や陰謀論の真相を暴いた」と称する懐疑論者と呼ばれる人たちがいますが、彼らは世紀のペテン師軍団なのです。このブログは彼らにほえ面をかかせ、総土下座に追い込むことが目的です。

フルベッキ写真の志士たちが致遠館の生徒ではない決定的証拠

メシア@永遠の真実追及者



 「フルベッキ写真に写っている人たちって、幕末の志士ではなく致遠館の生徒たちってホントなの?」


 「いろんな意見があるようだけど、本当のところが知りたい……」 


 ──この記事はこのような悩みを解決します。






 この記事を書いた私は……
 

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 ……という者です。


 ちなみにこの記事で以下のようなことがわかります。




 ●フルベッキ写真に写っている青年たちは、致遠館の生徒たちではない




 これをわかりやすく説明します。


 この記事によって1つ上のレベルの知識人になり、周囲に差をつけることができるようになれると思うので、ぜひ最後まで読んでください!







【知られざるもう1枚のフルベッキ写真】

 苫米地英人博士は『明治維新という名の秘密結社』の中で次のように主張しています。


 人物の特定も進み、侍たちは佐賀藩の藩校・致遠館ゆかりの人々だったとわかります。


 フルベッキは来日してからの数年間、致遠館で英語の教師などをしていましたので、一緒に映っていたのはそのときの教え子たちだったのです。 



 池間哲郎さんというカメラマンの方もYouTubeでフルベッキ写真を取り上げており、苫米地博士と似たようなことを10分間にわたって言い続けていました。


 しかし、根拠はなにひとつ挙げていませんでした(笑)


 まず、あまり知られていないんですが、実はフルベッキ写真はもう1枚存在するんです。


 それは済美館の生徒たちと一緒に撮ったもので、撮影場所はフルベッキ写真と同じです。


 そしてなんと済美館のほうは、生徒たちの名前が全員判明しているんです!


 フルベッキ写真が致遠館の生徒たちと撮った記念写真だというのなら、生徒たちの名前が全員不明なのはなぜなんでしょうか?


 これは明らかに不自然であり、致遠館の生徒たち説がかなり苦しいものになったはずです。







【なぜ致遠館の生徒たちはフルベッキ写真を持っていない?】

 また、フルベッキ写真はフランス経由のものと江副廉蔵(えぞえれんぞう)経由のものと2種類があり、どちらも複写でオリジナルはないとされています。これもまた不自然。


 明治の最高権力者、岩倉具視の2人の息子と一緒に撮った貴重極まりない記念写真を、なぜ致遠館の生徒たちは誰も持っていないんでしょうか?


 写真に写っている青年たちが致遠館の生徒たちならオリジナル写真を持っているはずであり、それが各地で次々と見つかっているはずです。







【写真に写っている岩倉兄弟】

 「岩倉具視の2人の息子が写っているだと?なに勝手なことをほざいているんだ?」という声が聞こえてきそうですが、残念ながらこれは本当のことなんです。


 フルベッキの友人である宣教師のウィリアム・グリフィスが『フルベッキ伝』という著書の中で、「写真の中に岩倉兄弟と大隈重信がいる」と書いているんです。







【江副廉蔵の娘さんの証言】

 最後に余談を1つ。


 先ほどちらりと名前があがった江副廉蔵。フルベッキ写真では1列目・左から3人目の人物とされます。


 明治期にタバコの輸入で巨大な富を築いた人なのですが、なんと彼の娘さんがフルベッキ写真を持っており……




 「写真に写っているのは幕末の志士たちです」




 ……と証言しているんです。






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